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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第2節 進路相談 [4]




 美鶴の進路相談は昨日だった。順番は一番最後で、そのため帰るのが遅くなった。事前に何の進路調査もなかったので、聡と同じようにその点は不思議だと思っていた。
 どのような質問が来るのだろう。質問にどう答えよう。あれこえ考えながら担任の待つ部屋へ入ったのも聡と同じだ。そうして教師と向かい合うようにして腰を下ろした美鶴の前に、担任の阿部(あべ)は一枚の紙を出してきた。
「これが君の希望とする志望校だ」
 私の希望する? 私は希望などした覚えは無い。
 怪訝に思いながら眺めた紙には、誰でも一度は聞いた事があるはずの、関東や関西の、それこそ一流大学の名前が並んでいた。
「君はこのままの成績でいけば、首席で卒業する事になる。これらの大学だって狙えない学校ではないし、狙ってもらう」
 狙ってもらう。
 引っかかる言葉だった。
「狙ってもらうって、どういう事ですか?」
 無愛想はいつもの事だ。阿部は別段気にする様子もなく、当たり前のように言う。
「これらの大学に合格する確立が一番高いのは、ウチの学年では君だ。学校の合格率を上げるため、君には受験してもらい、そして合格してもらいたい」
 二の句がつけなかった。
 学校の合格率のため。
 そんな言葉が、この進路相談で飛び出してくるとは思わなかった。
 進路相談とは、まず生徒の希望や意思を聞き、今の現状でその進路が妥当かどうかを判断し、無理であれば解決策や妥協策を提示する。ただ美鶴はまだ二年生だ。今は無理でも頑張れば―― などといった内容になるだろう。必要であれば親も参加し、希望する進路に進めるようアドバイスをする。それが進路相談だと思っていた。
 まさか、学校側から希望を述べてくるなど。
 美鶴は絶句した。
 担任を凝視したまま言葉の出ない生徒へ向かって、阿部はのんびりと首を捻る。
「君に関しては特に問題は無いと思う。これらの大学を受験してくれれば、後は追加でどこを受験してもらってもかまわない。ただ、これらの大学の受験日程に差し障りが無ければね。まぁ、こんな事はいまさら説明する必要もないだろうが、一応これが進路相談だからね。じゃあ特に問題も無いみたいだからこれで――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 ようやく声を出す。
「何?」
「私はまだ、大学へ進学するとは言ってません」
 そうだ。美鶴はそんな事は一言も言っていない。そんな希望を出した覚えもない。むしろ美鶴は、高校を卒業したら就職するのだろうと思っていた。
 理由としては、第一に今の経済状況では到底大学への進学などは無理だ。進学どころか、受験料すら出せないだろう。第二に、親も進学は考えていないだろう。母の詩織も大学へは進学していないし、少なくとも進学すべきだとは考えていないはずだ。
 そして第三に、美鶴自身に進学の意思が無い。
 学校の成績は常にトップだ。誰にも負けないよう努力している。塾へ通う他の生徒を見返すために、放課後も駅舎で予習復習は欠かさない。
 自宅謹慎やら何やらでいろいろとトラブルにも巻き込まれたり夏休み前に英語の成績を落したりはしたが、それでも何とかトップを維持している。だがそれは、何も受験のためではない。
 そう、美鶴は大学受験を前提に勉強をしているわけではないのだ。
 唐渓に通う、自分を見下す輩を逆に見返すために。その昔、自分を里奈の引き立て役だと陰で笑っていた連中に仕返しをするために、そして何より、自分を裏切った里奈を見返す為に、その為に美鶴は唐渓へ入学し、そして勉強した。だから、高校を卒業してしまえば、それまでなのだ。
 大学受験。そんなものには興味もない。
「私、大学なんて受験しません」
「何?」
「私、進学なんてしません」
 出された紙を机の上で押し返しながら言う。
「私、卒業したら就職します」
 生徒の言葉に、阿部は目を丸くした。
「就職?」
「はい」
「君が?」
「はい」
 澱みのない声で答えられ、阿部は身を乗り出す。
「それは困る」
「困る?」
「あぁ困る。困るし、認められない」
「どうしてです?」
「どうしてって、君は我が校の大学合格率を上げるために、これらの大学を受けてもらわなくてはならないのだから」
「それはそちらの都合でしょう。進路は私が自分で決めます。学校の合格率なんて、私には関係ありません」
「関係があるとか無いとかいう問題ではない」
「じゃあ何です?」
「入学当時に誓約書にもサインをしたはずだ」
 ふと首を捻り、思い出す。
 そう言えば、入学手続きの書類にサインを記入する紙が数枚あったな。どうせ校則は守るべきだとか、校風を乱した場合の処遇についてだとかの内容だろうと、大して詳しく読みもしなかった。
「こうして唐渓に入学しているという事は、君も誓約書は提出しているはずだ」
「してますよ」
「だったら、こちらの指示するように受験するのが当然だ」
「どうしてです?」
「進路として大学を受験するのが、我が校の規則だからだ」
 またも美鶴は言葉を失った。
「それに、受験する学校については学校側と親との希望を考慮して決定するというのも規則になっている。だが君の親はこちらから渡した進路関係の書類に対して、なんら希望も志望大学名も記してこなかった。だからこちらの希望に副って受験してもらう事となる」
 目の前がクラクラした。
 大学受験は、強制的。受ける大学は学校と親が決める。







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